| 施設名 | 寳福寺(ほうふくじ) |
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| 宗派 | 浄土真宗本願寺派 |

平安時代末期~鎌倉時代初期の武将・佐々木盛綱の末裔が僧侶となり、了証と号して諸国を行脚していました。
途中、大分県耶馬渓(今行村)にあった古刹(こさつ)・禅宗寳福寺に立ち寄り、真宗に改宗したのが始まりとされます。
天正11年(1583年)、黒田如水公より土地を賜り現在の地に草庵を結び、石山合戦の功績により顕如上人から六字名号が与えられます(現存)。
寛永元年(1624年)、今行村の寺号「寳福寺」をこの地に移しました。(大洪水により本堂庫裡が流れ下って現在地に止まり、この地を有縁の地として一宇を建立したとの説もある)
その後、本末制度が制定されると、功績により本願寺直末に列せられ、山門に両小門の設置が許可されました。
境内で最古の建物である山門は、江戸中期以前のものと推定されています。両小門は滅多にないもので、寳福寺門徒が石山合戦の際に戦功をたてた功績により、特別に許されていると伝えられています。
本堂は過去に3度の建直しを行っており、現在の本堂は明治14年(1881年)頃に建立された4回目の建物です。その本堂で昭和3年にはじまった昭和保育園は、令和10年に百周年を迎えます。


